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福岡高等裁判所 昭和51年(ネ)333号 判決

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)

岩田芳郎

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)

松岡健一

右両名訴訟代理人

岩本幹生

被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)

竹下信夫

右訴訟代理人

和久井四郎

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

被控訴人に対し、控訴人岩田芳郎は原判決別紙目録一記載(一)の各物件につき、控訴人松岡健一は同(二)の各物件につき、原判決別紙目録二記載(一)の抵当権設定仮登記を同(二)のとおり、錯誤を原因とする更正登記手続をなしたうえ、右抵当権設定登記に基づく本登記手続をせよ。

控訴人らの反訴請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審を通じ、本訴および反訴とも控訴人らの負担とする。

事実

第一  申立

控訴人ら代理人は、「原判決中控訴人らの敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人は、控訴人岩田芳郎に対し原判決別紙目録一記載(一)の各物件につき、控訴人松岡健一に対し同(二)の各物件につき、原判決別紙目録二記載(一)の抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、附帯控訴に対し、「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を、附帯控訴として、主文第二項同旨および附帯控訴費用は控訴人らの負担とするとの判決を求めた。

第二  主張および証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、左に掲げるほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴代理人の主張)

一、本件で抵当権設定の仮登記がなされた所以は、本件抵当権設定契約後、その登記手続申請の際、控訴人らが登記義務者の権利に関する登記済証を提出しなかつたので、やむなく後日なされる本登記の順位を保全するため、抵当権設定の仮登記をすることになつたのである。

二、控訴人松岡名義の本件(二)の土地は、同控訴人から控訴人岩田が買受け、すでにその代金は全額支払ずみであつたので(ただし、右土地は農地であるので、農地法第五条の許可を条件として所有権移転がなされる。)、控訴人岩田が右土地についてなす処分行為については、控訴人松岡においてすべて事前に承諾し、かつ右処分行為に伴う登記申請手続に協力することを応諾していた。それ故、昭和四九年二月四日付の本件抵当権設定の仮登記手続が実行されたのである。そして、すでになされた登記に錯誤がある場合、これを更正する登記の申請手続に協力すべき義務があることも当然であり、控訴人松岡はそのことを承諾していたのである。よつて、被控訴人は直接物上保証人である控訴人松岡に対し、仮にそれが認められなければ、債務者たる控訴人岩田に代位して控訴人松岡に対し、本件抵当権設定仮登記の更正および本登記手続を請求するものである。

三、原判決は、被控訴人の請求している「更正されるべき登記事項」のうち、損害金「日歩四銭」とあるのを「年三割」と更正する点については、後順位の抵当権設定仮登記権利者などの利害関係を有する者がいるので、その者の同意なしには許容されないとして、この点の請求を棄却した。しかし、更正されるべき債権額金三五〇〇万円および損害金年三割(その二年分は金二一〇〇万円である。民法第三七四条参照。)と、錯誤によりなされた誤謬のある登記事項の債権額金一億四四五五万八〇〇〇円および損害金日歩四銭とを対比すると、前者が後者の範囲内の減額更正であることは、計数上明白である。したがつて、損害金の点についてのみ比較すれば、一見減額更正にならないように見えても、債権額および損害金の合計額を比較すれば、何ら後順位の登記上の権利者を害することにはならないので、この点に関する被控訴人の請求も当然認容されるべきものといわなければならない。

(証拠)〈略〉

理由

一本件の事実関係についての当裁判所の認定判断は、左記のとおり附加、訂正するほかは、原判決理由一、二と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一〇枚目裏一二行目から同一一枚目裏一行目にかけての括弧内の部分を、「〈証拠〉によれば、本件(二)の各物件は、昭和四八年七、八月頃、控訴人松岡から控訴人岩田へ売渡され、すでに代金全額の授受を了していたので、以後控訴人松岡としては、控訴人岩田が右物件を自由に処分することに異議がなく、それに伴う登記手続等の一切を(農地転用許可申請を含め。)、同控訴人に一任していたことが認められる。」と改める。

(二)  同一一枚目表一〇行目に「原告本人」とあるのを、「原審および当審における被控訴人本人」と改める。

(三)  同一一枚目裏三行目に「建設資材の支払」とあるのを、「建設資金等の調達」と訂正する。

(四)  同一三枚目表六行目の「先に」以下、同一三行目の「抵当権設定登記手続申請」までを、「同訴外人に対し、本件(一)、(二)の各物件に、被控訴人のため前記約定による順位一番の抵当権設定登記(仮登記を含む。)申請手続をなすことを委任し、その際、先に前記藤原千代次に対する仮登記手続のために右訴外大平に交付してあつた控訴人らの印鑑証明書および委任状を、適宜訂正して本件の抵当権設定登記(仮登記を含む。)手続に使用するよう同訴外人に指示し、原告も前記甲二、一三、一四各号証の書面を呈示し、同訴外人もこれを了承して本件(一)、(二)の各物件に対する抵当権設定登記(仮登記を含む。)申請手続」と改める。

(五)  同一五枚目表五行目から同一〇行目にかけての括弧内の部分を、「本件(二)の各物件については、前記認定のとおり控訴人岩田が包括的に処分権限を有していたものであり、これについても同控訴人から一切を委されていた訴外岩田マス子が同控訴人を代理して抵当権設定をなすべき代理権限を有していたことは明白である。」と改める。

(六)  同一五枚目表一二行目の「抵当権設定登記」の次に、「(仮登記を含む。)」と挿入する。

二右に附加、訂正して引用した原判決の認定事実によれば、錯誤により、本件抵当権設定仮登記と実体上の権利関係との間に不一致があることが明らかである。そこで、右不一致を解消するための更正登記が可能かどうかについて検討する。

ところで、錯誤により登記簿上の記載と実体上の権利関係とが正確に一致しない場合といえども、両者の間に同一性が認められる以上、右登記は有効であり、かような登記の不一致は更正登記によつて訂正しうることになり、両者の間に同一性が認められない場合は、右登記は無効であつて更正登記の余地はない。したがつて、錯誤により登記と実体上の権利関係との間に不一致がある場合でも、常に更正登記をなしうるというわけではなく、更正登記をなしうるのは、両者の間に同一性が認められる場合でなくてはならない。

これを本件についてみるに、登記簿上に記載された本件抵当権設定仮登記は、実体上の権利関係と一致しないことは前記認定のとおりであるが、両者を比較してみて、目的物件(本件(一)、(二)の各物件)に相違がないことは勿論、権利の種類(抵当権)および権利者(被控訴人)、義務者(控訴人ら)の点で合致しているから、本件抵当権設定仮登記は最少限、実体上の権利関係と同一性のある(実体上の権利関係を公示しうるに足る)有効な登記と認めて妨げないものというべく、したがつて、本件抵当権設定仮登記を実体上の権利関係と一致させるため、登記原因の日付、債権額、損害金、債務者の各点について、本件更正登記されるべき事項のとおり更正しても、更正の前後において登記の同一性に欠けるところがないものというべきである。なお、損害金「日歩四銭」を「年三割」と更正することは、それだけを比較すれば増額更正となり、後順位の権利者に不利益を及ぼすように見えるが、更正前の登記と更正後の登記との間に同一性が認められる以上、たとい増額更正となる場合であつても、登記と実体関係の不一致を解消するための更正は、両当事者(登記権利者および登記義務者)間においては、当然に許容されるものといわなければならない。のみならず、本件では更正後の債権額三五〇〇万円および損害金年三割の二年分の合算額と、更正前の債権額一億四四五五万八〇〇〇円および損害金日歩四銭の二年分の合算額とを対比すれば、前者が後者の範囲内の減額更正であることは明らかであるから、右損害金の点について更正を認めても、何ら後順位の権利者を害することにはならないのである。

三しかして、前記認定事実によれば、本件抵当権設定仮登記に錯誤が存する以上、控訴人らは被控訴人に対し、これを解消して実体上の権利関係と一致させるための更正登記手続をなすべき義務があることは明らかであり、更に、右更正登記後の抵当権設定仮登記に基づいて本登記手続をなすべき義務があることも明らかであるといわなければならない。

四そうすると、控訴人らに対し、本件抵当権設定仮登記につき更正登記をなしたうえ、更正後の仮登記に基づく本登記手続をなすことを求める被控訴人の本訴請求は理由があるから、これを認容し、被控訴人に対し、本件抵当権設定仮登記の抹消登記手続を求める控訴人らの反訴請求は理由がないから、これを棄却すべきものである。したがつて、原判決は被控訴人の請求を一部棄却した部分について失当であり、その余の部分は相当である。〈以下、省略〉

(矢頭直哉 土屋重雄 日浦人司)

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